《画像をくりっく→かすちけけの館TOPへ》

 

ミニマム水族館

先日、善福寺公園の池にうちで飼っていたドジョウ2匹を放してきた。丸々太って体長は15センチを超えようかというヘビー級のメス2匹だ。ブラックバスやブルーギルを勝手に池に放すのは違法だし、とんでもないルール違反だが、ドジョウは構わんのだ。
うちの近所の水生ペットショップには観賞用の魚の他に、大型肉食魚のエサ用の金魚だの、クチボソだの“生餌”も置いてあるのだが、ドジョウの子供も3匹200円で売っている。これを買ってきたものが、1年でヘビー級に育ったのだ。(オス1匹は死んだ)
店で私以外の人間に買われたなら、まず、8割方は肉食魚のエサにされていたはずで、丸々育った上に池に放たれるという処遇は、2匹にとってたぶんラッキーだったはずだ。

うちには水槽が大・中・小と3つあって、ドジョウがいなくなってもまだ魚はいる。実は、この1年のあいだに私のミニマム水族館ではかなりのドラマが展開されたのだ。

私は魚は好きだが、金魚は大嫌いで、あの赤いヒラヒラを見るとぞっとする。海のものなら赤だろうが、黄色だろうがヒラヒラでもビラビラでも何ともないのだが、淡水魚の金魚だけは気色悪いので飼えない。(小さいころは何ともなくて飼っていた)
当然、色のついたヒメダカもあんまり気持ちはよくないので、昨年の4月に普通のメダカを10匹買ってきた。続いて5月のはじめに井の頭公園池から流れ出る小さな支流の小川でヨシノボリ(ハゼ型の小魚)の子供を5匹つかまえてきた。まだ2センチを切るくらいの小型ながらヨシノボリは凶暴で、縄張り争いも激しく、最初は大水槽(大水槽といっても60×30×35程度のものだが)にメダカもまとめて一緒に入れていたのだが、ヨシノボリがメダカを襲うので、メダカは中水槽に非難させた。(2匹は襲われた後、臨終)

ドジョウ3匹を買ってきたのはこのころで、オスとメスの2匹を大水槽へ。もう1匹のメスは中水槽に入れた。ドジョウはよく動くが温厚で、他の魚を襲ったりはしない。ヨシノボリもさすがに、このときからすでに体長が3倍もあるドジョウには手が出せず、多種の共存はうまくいったのだが、ヨシノボリ同士の争いは絶えず、結局3匹は死んでオスとメスの2匹が残った。ドジョウもなぜかオスが死んでしまったので、中水槽のメスを大水槽に移した。ドジョウはオスとメスより、メス同士のほうが仲がいい。

6月に、毎年出かける奥多摩の渓流釣り場にいった。釣り場の営業は夏場の半年くらいのものだが、本物の細い渓流をいくつもにも仕切り(もちろん水は流れている)、その仕切られた一画に釣りをする人数分だけ魚を放流するのだ。
1人につき10匹なので、一画を6人で借りるとすれば3人分くらい放流してもらえば十分だ。渓流に沿って1本の線路が通っていて、お猿の電車みたいな訳のわからん乗り物に乗っておっさんが魚入りのバケツを運んでくる。これをドバドバーッと区切られた水のなかに放つのだ。
魚はニジマス、ヤマメ、イワナの3種類から選べるが、ヤマメ、イワナになると料金が結構高いので、客のだいたいがニジマスで我慢する。ニジマスを頼んでも、おまけに1匹くらいヤマメを入れてくれたりするのだが、ヤマメはなかなか釣れない。

ここは渓流の側らで、バーベキューができるし、釣った魚をその場で焼いて食べられたりする。本能を喚起させる“焚き火”は基本的にみんな好きなので、ちょっと楽しくもあるのだが、釣りの醍醐味は味わえない。渓流とかいっても、しょせんは“釣堀”なわけで、これから釣る魚をその場で放流するなどという子供騙しは考え方によっては、実にたわけた世界だ。「ヤマメが一番おいしいのに、なかなか釣れん」などと嘆くのなら、放流される前に直接バケツから釣れ。
私は海は好きだが、山は好かん。頂上から下界を見下ろすのはそれなりに爽快だが、中腹の四方を木に囲まれた閉塞感が堪えられん。どっちを向いても山だ。ううっ。そんなこんなで、ここの釣りもあんまり好みではないのだが、友人夫婦や女子供が好きなのでいやいやつき合っとるのだ。

説明が長くなったが、この渓流の区切られた一画にヤマメの稚魚がいるのだ。放流されるヤマメ、イワナ、ニジマスは全て養殖ものだが、放流された後にアホウたちの釣り針から逃れ、ちゃんと自然繁殖で子孫を残しているところがすごい。
稚魚の数は多くはないが、他の一画にもいて、ヤマメ一種類だけだ。やはりヤマメが一番賢いのだ。“釣り場”なので、当然、みんな釣りしかしていないのだが、私1人バーベキューの合間に“稚魚獲り”に狂奔した。

6月の声をきいても、山の水は1分も手をつけていると痺れるくらいに冷たい。稚魚に合わせた目の細かいアミなどないので、ビニール袋だけを使って6匹捕まえた。これをフタつきのコマセバケツに入れて家に持ち帰ったのだ。
エアポンプがなかったので1匹は既に死んでいたが、残りの5匹はけだるそうながら生きていた。3匹をヨシノボリとドジョウのいる大水槽へ。2匹はメダカの中水槽に入れた。水生ペットショップでもヤマメの稚魚などはまず売っておらず、これはかなり貴重な“高級魚”だ。みんな、「無理、無理」「ヤマメなんか飼えるはずがない」などといっていたが、確かに無謀ではある。

まず、メダカやドジョウなどとは圧倒的に適水温が違う。ヤマメは水温が10℃を超えると弱って死んでしまうのだ。どの本を見ても、一般家庭の水槽での飼育などははなから諦めていて、「ヤマメの飼い方」などというムチャな項はない。派手な冷却装置でも取りつければいいのだろうが、大仰すぎる。
この適水温の違いこそ、最大の難題で、致命的でもあるのだが、私はこう考えたのだ。灼熱のサバンナや極寒のアラスカでも人間はちゃんと生きとるではないか。真夏の上野動物園にもペンギンやシロクマはいるぞ。こんなものは“慣れ”だ。多少のオアシスさえあれば(水槽でいえば、ろ過装置のアワの出る部分はやや水温が低い)、何とか生きていけるのではないか。ましてや、生まれていくばくも経っていない稚魚なら、世の中はこんなもんなんだ、という納得と諦めで徐々に慣れていくのではないか。

この生態機能を無視した、ものすごい素人考えはあながち外れているとは思えなかった。1週間を過ぎても、どちらの水槽のヤマメも元気だ。メダカ用のエサも食べるし、イトミミズもつっつく。中水槽ではメダカに交じってヤマメが仲よく泳いでいる。大水槽では底にドジョウとヨシノボリ、表面近くにヤマメと住み分けがちゃんとできている。自然界ではこんな情景は絶対に見られない。

ヤマメの価値を知らないあほうのヨシノボリがときどき下から襲ったりするのだが、2匹が尾びれをちょこっとかじられたりしたものの、さすがにメダカとは違い、いざというときの動きは俊敏で、稚魚ながら骨格もしっかりしていて、大きな被害は受けない。
なんたって川を下り、海に降りたヤマメは60センチものヒメマスに成長できるのだ。2センチ余りの稚魚にもちゃんと“パールマーク”はついていて、渓流の女王と呼ばれるだけあってヤマメは非常に美しい。
何とか育てたかったのだが、10日目あたりから調子が悪くなり、14日目であっさり全滅した。あいたたたっ。やっぱり素人考えは通じないのか。

ウナギの稚魚を捕まえてきたのは、これのすぐ後だ。江戸川放水路のハゼ釣りもシーズン開始になると毎年でかけるのだが、ベンチシートを広げてビールを飲むのは楽しいものの、この風物詩は“釣りの醍醐味”というものではない。釣り人も多く、5〜6センチのハゼをみんな20釣っただの、30釣っただの、喜んでいるが、なんぼでも釣れるわそんなもん。
私は海が好きなので、川での小物釣りは周りのロケーションもよくないし、あんまり好みではないのだが、友人夫婦や女子供が好きなので、いやいやつき合っとるのだ。

川沿いのドロ砂を掘って、5センチくらいのセイゴを追い込んで捕まえる遊びをやってたときに、ウナギの稚魚を見つけて捕まえた。子供のころに全身透明の“ソーメンウナギ”と呼ばれる稚魚を何匹も捕まえたことはあるが、このウナギの稚魚は4センチ弱ながら既に背中側は黒い。
市販されている食用ウナギは大半が養殖ものだが、養殖ものといってもヤマメやイワナ、ニジマス、他の海の魚のように卵を孵化させる段階からのまるっきりの養殖ものではなくて、ウナギは稚魚を捕まえて育てるわけで、いくところにいけば、いくらでもいるのだろうが、東京近郊ではなかなか捕まえられない。
水生ペットショップにもめったに出回らず、これまた貴重な“高級魚”だ。江戸川放水路の陸橋下あたりは汽水域だが、まだまだ塩分が濃い。ウナギは稚魚のころ海から川へ登るとき大きくなって、川から海に下るときは身体の機能変換ができるまで、汽水域でボーッとしている。ここを捕まえたのだ。

ウナギはかなり生命力が強いイメージがあったけれども、稚魚だし、いきなり真水に入れられるのもきつかろうと思い、江戸川の塩水を持って帰り、これを小水槽に入れ、真水で半分に割り、このなかで2日間置いた後にメダカの中水槽に移した。
大水槽に入れると、多分あほうのヨシノボリが襲うだろうとの配慮だ。小水槽にいるときから、ボーッとはしていたが、中水槽に移ってからもチョロチョロするメダカなどは全く意に介さず、好きなときにヒョロヒョロ動いていたし、2〜3日過ぎても変化はないようなので、まるっきり安心していたのだが、1週間くらいであっさり死んだ。あいたたたたっ。ちっとも生命力強くないじゃん。

ひとつの生命が逝っても、新しい生命はちゃんと生まれるのだ。ウナギの死後、メダカが卵を産みはじめた。どの本にもあるように、メダカの繁殖はさすがに簡単だ。腹にぶら下がった卵が藻に絡みつけられるのを待って、藻ごと他の容器に移せばいい。3匹のメスが一度に5個から10数個ローテーションを組んでるようにパカパカ卵を産む。その気になればいくらでも増やせるぞ。
水温によって孵化までの日数が違うらしく、高温ほど早いなどと本に書いてあるもんだから、最初の数回分は容器をものすごく日当たりのいいところに置いた。これは午後の数時間、水温が上がり過ぎて水がゆだるので卵は全滅した。あいたたたたっ。焦らず普通がいいのだ。

子メダカ第1号が孵化したのは、8月の終わりころだが、あれよあれよ、という間に次々に孵化した。小中学生のときに飼っていたジュウシマツやハトは何度も卵を孵したが、魚は初めてなので、ちょっと嬉しかった。

メダカを繁殖させるには、卵がついた藻を他の容器に移し替えるというところがポイントで、親のいる水槽にそのままにしておくと孵化率は極端に下がる。他のメダカが卵を見つけると食べてしまうし、モノアライガイも卵を襲う。

このモノアライガイというのが厄介だ。タニシをぐっと小さくして平らにしたような貝なのだが、水草を買ったときに子供や卵がくっついてくる。ものすごく生命力が強く、水槽に入れる前に多少水で洗ったくらいでは落ちない。かなり念入りにチェックしても、どこかに執念深くくっついていて、水草を水槽に入れると猛烈なスピードで繁殖する。
これも大水槽では、ヨシノボリやドジョウが卵や子供をモグモグバリバリ食べてしまうので問題はないのだが、メダカは自分で駆逐できないので、あっという間に増殖する。水槽の内側や水草、敷石の上を自在に動き回り(スピードはそんなに速くないけども)、いくら掃除してもいくつかがどこかに残っていて(多分下に敷く砂利のなか)、完全駆除はまず無理ではないかと思わせる忍者みたいなやつだ。

水草にはとんでもないものがくっついてくる場合もある。やはり8月に買った水草にはイトトンボのヤゴがくっついていた。メダカの中水槽に水草を補充してしばらくすると、緑色の訳のわからん何かが泳いでいる。よく見ると足がある。うわっ、ヤゴだ。
普通のトンボのヤゴのように幅はなく、1センチあまりで妙に細長い。イトトンボだ。ありゃりゃっ。さらによく見ると3匹もいる。

確かに私がいつも行く水生ペットショップは、日当たりのいい軒先に水草がいっぱい入った容器が置いてある。ここに合体したイトトンボの親が卵を産みつけたのか。トンボは水面を見つけるとどこにでも卵を産むのは知っているが、それにしてもヤゴになって水草に乗って人の家までくるな。
私は小さいころは虫も普通に触ることができたけれども、いつのころからか急にグロテスクに感じはじめ、いまではとてつもなく気色悪く思えて、どうにもダメだ。

トンボは肉食だから、ヤゴも似たようなもんだろう。自分より大きいメダカは襲わないだろうけども、卵は危ない。放っておくわけにもいかず、しょうがないからアミですくって(アミといってももちろんトンボ捕りのアミではない。グッピー用の小さなやつだ)、別の容器に移した。
メダカの卵用に直径15センチ、高さ15センチの円柱状のカップを100円ショップでいくつか買ってきてたのだが、これのひとつに水草と一緒に入れて、ワリバシを1本斜めに立てかけておいた。ワリバシを立てかける、というのは小学校の実験でもやった。

魚にエサをやるたびに、ヤゴにもメダカ用のエサをやっていたのだが、2匹は死んだものの残り1匹はかなり涼しくなったころ、マジでトンボに羽化した。予測はあったものの、いざとなるとちょっとびっくりする。
朝起きると、ワリバシの水際から少し上にヤゴの抜殻がある。水中にいるときは緑色に近かったが、抜殻はうすい茶色だ。上でカサカサ音がするので、見上げたら緑を基調にした妙な色彩のイトトンボが天井に逆さにぶら下がっていた。ひゃあ〜〜。窓を開けてもなかなか出て行かず、追い出すのにものすごく苦労した。あ〜、気色悪かった。

メダカは間隔が空くようになったが相変わらず卵を産み、別容器では次々と子メダカが孵化する。子メダカは孵化する都度、小水槽に移し変えた。
9月も終わりに近づいたころ、大水槽に変化があった。小さな小さな針の先みたいな子メダカは見慣れていたのだが、大水槽にも何か極小の生き物が見えた。ありゃ!?
ルーペで見ると魚の稚魚だ。かなりの数がいる! わっ!!

ドジョウはメス同士なので繁殖できるはずもなく、となればこれはヨシノボリの稚魚だ。わーい。そういえば、ここ何日かオスヨシノボリの姿を見かけなかったが、どこかに隠れてしばらく現れないという行いは、以前からしょっちゅうあったので気にとめなかったが、あれは卵を守っていたのか。ヨシノボリのオスは、そばについて卵を守るというのは本当のようだ。
それにしても、しょっちゅう2匹のドジョウが底の砂利をまぜっ返すなかでよくぞ卵が孵化するまで守りきったもんだ。

大水槽は小さめの砂利を厚めに敷き、大小3つのブロック片を沈めてあるのだが、下にドーム型の空間がある2つのブロック片は、ドジョウの寝床にもなっているし(既に大きく成長しているので、この下に潜っても身体の3分の1は外にはみ出す)、大きいブロック片の下あたりを掘って巣をつくったのだろうか。
いずれにせよ、子ヨシノボリの誕生は唐突だったので驚いた。このとき、親ヨシノボリは体長4センチ強だったが、既に大人に成長していたのだ。
ヨシノボリは住む場所や環境によって、体長や色、模様は大きく異なる。川に住むヨシノボリは、生まれてすぐ海に下り、2センチくらいに育ったころに再び川に上るらしい。池や湖に陸封されたヨシノボリはもちろん海など知る由もなく、その場所だけで繁殖を繰り返すのだろう。

ハゼ科はやたら種類が多いのだが、ヨシノボリはかなり詳しく書かれた魚辞典でも、2種類にしか分類されていない。ヨシノボリとカワヨシノボリだ。日本の各水系ごとにヨシノボリの違いを捉え、それなりに細かく分類した本もあるが、学術的にはっきり認められたものではなく、まだまだ大ざっぱのように思う。
たとえばこの本も含め全ての本に、ヨシノボリ及びカワヨシノボリの成魚のオスは、“第一背びれの鰭(き)条が著しく伸びる”と、判を押したように書いてある。
つまりヨシノボリには背中に背びれが2つついていて、オスは大人になると前のほうの背びれがニューと長く伸びるぞ、ということなのだ。写真や絵を見ても確かに、後ろのほうの背びれより、かなり長く伸びている。

だが少なくとも、吉祥寺の井の頭公園池のヨシノボリは、大人になってもオスの第一背びれは伸びない。井の頭公園の中ほどにある水生植物園内の白鳥池は一角を掘り下げてガラス張りにしてあり、階段を降りると池のなかの様子が横から窺える。
池は公園の元池とつながっていて、水が汚いので透明度はほとんどなく、ガラス張り本来の意味をなしてはいないが、夏になるとこのガラスにヨシノボリの成魚がビッシリへばりつく。
それこそ目と鼻の先でチョロチョロ動くヨシノボリをじっくり観察できるのだが、第一背びれの鰭条が著しく伸びた成魚など1匹もいない。そこに何十匹もいるヨシノボリの全部が全部メスやオカマであろうはずもない。メスと思しきヨシノボリの周りをオスと思しきヨシノボリがクルクル回って“求愛ダンス”もやっている。

同じ池の支流で捕まえてきた私のヨシノボリのオスも、第一背びれは伸びない。子ヨシノボリの誕生が唐突で驚いたのも、この第一背びれ云々が頭にあったからだ。
判を押したような“第一背びれの伸び”説には、以前から「全部が全部そうでもないだろう」という懐疑心はあったが、みんながそんなに言うんなら、そうなのかもしれん、と私のヨシノボリもある程度“背びれの伸び”を成長の尺度としていた。ところが、そんなものは伸びないうちにいきなり子ヨシノボリが現れたから驚いたのだ。
なんだ、もうすっかり大人じゃん。

魚を、水槽や狭い池で飼うと、ある程度、通常より小ぶりに育つのはいたし方ないのだが、私のヨシノボリも含め井の頭公園池のものは平均体長7センチ(本によって7〜12センチと差がある)よりはいくぶん小型だ。大きくても5〜6センチだと思う。
ヨシノボリは“川の水系はもちろん、それぞれの池単位で形態が違う”などというオーバーなものではないだろうけども、杓子定規では律することのできないタイプも確かに存在するのだ。
先ほどの本は、色と模様の違いでヨシノボリを分類しているが、これはわかりにくいしあんまり意味があるとは思えない。私が飼ってるヨシノボリと照らし合わせても、どれに当てはまるのか分別がつきにくい。

そんなものよりは、背びれが伸びるか伸びないかのほうが重要だ。牛を、クロ牛だの、ブチ牛だの、チャイロブチ牛だのにグループ分けしてもしょうがない。
肝要なのは、ホルスタインかジャージーかだ。アジにしても、銀色のもいれば金色っぽいのもいる。ウミタナゴにしたって基本はやや赤目だが、銀色も金色も黒緑っぽいのまでいる。こんなところでグループ分けはないが、真アジとムロアジやウミタナゴとオキタナゴは明らかに体型が違うからちゃんと分類されているわけだ。
ヨシノボリは体長や色、模様、第一背びれが伸びるか伸びないかの違いはあっても、体型自体は同じだからこそ、それ以上の分類はないのだ。

孵化したばかりのメダカの稚魚は3〜4ミリと小さいが、ヨシノボリの稚魚も同じくらい小さく、透明度はさらに高いので、かなり見つけにくい。ただ数は多い。40〜50匹はいそうだ。メダカの稚魚は孵化直後からちゃんと泳ぎ、それなりの素早さも見せるが、ヨシノボリの稚魚は縦になったり、逆さになったり、ただ水のなかに浮かんでいるだけの時間のほうが長く、ピンピンと跳ねるように泳ぐものの、いかにもひ弱で無防備だ。

実は、このヨシノボリの繁殖は家庭の水槽あたりではかなり難しいらしいのだ。どの本を見ても、繁殖の難度の高さを指摘している。
見るとオスとメスの両親ヨシノボリとも、目の前にきた稚魚をパクッパクッと食べている。何をしとるんじゃいっ。
2匹にすれば本能なんだろうけども、はた目から見れば、一生懸命守りきった卵が孵化した途端、自ら稚魚を口に運ぶとは、鬼畜の所業で、とことんあほうだ。2匹のドジョウも狙っているのかどうか、稚魚が漂うなかを泳ぎまわっている。

これはいかん、と思い例の円柱の容器を直接大水槽に入れ、水と一緒に稚魚をすくった。10匹近く取れただろうか。これを子メダカのいる水槽に移し、さらにもう一度すくい、今度の10匹近くはそのまま容器において様子を見ることにした。
このときは夜中だったが翌朝大水槽を見ると、かなり残っていたはずの稚魚は1匹残らず消えていた。ありゃー。ひと晩で全部食べてしまったのだ。呆れてものもいえんわ。メダカは、卵はともかく稚魚を食べたりはしない。夕べのうちに孵化をよく見つけ、よく20匹近くを確保しておいたもんだ。
小水槽では水面をメダカの稚魚が泳ぎ回り、中層をヨシノボリの稚魚がボンヤリ漂いながら時折ピンピン泳いでいる。容器のほうの稚魚もやはり時折ピンピン泳ぐ。
これでひと安心と、結構、楽観視していたのだが、ヨシノボリだけ小水槽のも容器のも4日目に計ったように全滅した。あいたたたたっ。

何ということだ。これがいろんな本がいうところの“ヨシノボリの繁殖の難しさ”というやつか。
円柱の容器にはエアポンプはつけなかったが、ちゃんと装置がついてる小水槽の稚魚も死んだということは、水中の酸素の問題ではない。
“4日目にときを同じくして”というのがカギだ。ヨシノボリの稚魚はスリムだが、他の稚魚と同じく、お腹の部分には卵黄があって、ここからの栄養補給で2〜3日はエサを食べなくても平気のはずだ。
4日目に死んだということは、要するに、卵黄以外の新たな栄養補給ができていないわけだ。メダカの稚魚は翌日からでもメダカ用の粉末エサをつっつきはじめるが、ヨシノボリの稚魚はそんなものは食べないのだ。
親ヨシノボリはメダカ用のエサとたまに与えるイトミミズで満足しているようだが、稚魚はメダカ用の配合エサでは無理なのだ。やはり自然のプランクトンが必要なのか。あるいはエサだけではなく、“環境”自体も問題なのか。

メダカの稚魚は“食べ過ぎ”で腹がフグみたいになって死んだヘンな奴などいく分数は減ったが、多くは順調に育ち、現在、親も含めて中水槽に21匹、小水槽に16匹がいる。
つい最近3匹の親が死んだが、水槽は満杯だ。子メダカはまだ1センチあまりの小さいのもいるが、大きいのは3センチを超え、残った親メダカと一緒にもう卵を産みはじめている。

ヨシノボリは結局、昨年は1回しか卵の孵化を見なかったが、ひょっとするとそれ以前かそれ以後、卵は産んだものの孵化までこぎつけなかったのかもしれない。
確かに1日中、暇さえあればエサを探して砂利を掘り返すデブのドジョウが2匹もいたのでは、卵も守り辛かろう。凶暴であほうの感のあるヨシノボリだが、その実、非常に愛嬌があってかわいいのだ。
難しいとされる、これらの子供の繁殖を今年は何とか成功させたいのだ。エゴは十分承知だが、私は釣りもよくいくし、飼っていたヤマメその他も含め、魚の臨終にはムチャクチャ多くつき合ってきた。西友で買う魚は毎日食べるし、飼われる魚が不幸なのか、食われる魚が不幸なのか、魚の幸福感まで、わしゃ知らん。

ヨシノボリの環境をよくするために、ヘビー級ドジョウ2匹は池に放つことにしたのだ。水槽にいると、まだまだ太る。魚にとって何が幸福かわかったもんじゃないが、少なくとも常識論でいくと、この2匹は不幸ではないはずだ。この池で生き抜いていけるならば。
今年は多分、ヨシノボリの繁殖に成功する。何か策はある。私はまだヤマメの飼育さえ、諦めちゃいないのだ。
あっという間に死に分かれた魚たちより、1年間成長を見守りつづけたドジョウとの別れのほうがずっとセンチメンタルだ。家から池までドジョウを運んだ西友のビニール袋を水につけると、2匹は一瞬のためらいの後、身体をくねらせ、踊るように池の底に消えた。

たっしゃでなああーーっ。カメやライギョに食われないように気をつけて長生きしろよおおーーーっ。